Archive for 12 月 3rd, 2008
一行先は闇
子どもには見えて、大人になると見えなくなるのは
たとえばトトロとか妖精とかそういった類のもの。
逆に子どもは見れなくて、大人になると見れるようになるのは
まあ、ビニ本とか映倫に抵触するおそれのある作品とかだな。
そして子どもであろうが大人であろうが見えないものに
たとえばこの話のオチがあったりするわけだが、
しかしこれはひょっとすると作者だけなのかもしれない。
赤ずきんちゃんプレイ
「赤ずきんや、お前の口は上も下も
どうしてそんなにしまりがないんだね?
まるでよぼよぼの婆さんみたいじゃないか」
狼は鏡に映る自分の裸姿を眺めながら、
ベッドの上に横たわっている女性にそう声をかけます。
「お客さん、もう時間オーバーしてんだから
さっさとお金払って帰ってよ」
数分前まで赤ずきんだった女はそう言うと、
口にくわえた煙草に火をつけました。
朝のバケツリレー
働き者だったノアが家に籠るようになって
ずいぶんと長い時間が経過していました。
ある者は「神のお告げが下ったんだ」と語り、
ある者は「単なるノイローゼに過ぎない」と言いましたが、
真相は誰にもわかりません。
ただとにかくこの若者は一日の大半を家の中で過ごし、
ほとんど人前に姿をあらわすこともなくなってしまいました。
心配した両親は丘の上の平たくなっている場所に小屋を作り、
ノアをそこに住まわせることにしました。
朝・夕の2回、母親が食事を持ってくる他に
その小屋に近づく者はなく、
ノアもまた小屋から一歩も外に出ようとはしませんでした。
ある朝ノアが目覚めると、地上は海になっていました。
一ヶ月以上前から降り続いていた雨は川の流れを増水させ、
人の手によって高く築かれた堤防を打ち壊し、
ついには大地を水で覆ってしまったのでした。
しかしノアの小屋が建っていた丘は
村の他のところよりもいくらか高くなっていたので、
水没を避けることができたのです。
それに、雨が降り出す前からほとんど毎日のあいだ、
ノアはガンズ・アンド・ローゼズの新譜
(それは実に17年ぶりに発表されたものでした)を
ヘッドフォン越しに大音量で聴き続けていたので、
世界が水浸しになっていることにも気がつきませんでした。
雨が降り止んだ翌朝、いつものように
母親が姿をあらわさないことを訝しく思ったノアは
小屋の窓を開け、何年ぶりかに外界の空気に触れました。
ひさしぶりに目にする太陽の光は強烈で、ノアは最初、
自分の目がすっかり退化してしまったんだと思いました。
しかしそうではありません。
小屋のまわりを取り囲む海がその水面で光を反射し、
いわば大きな鏡のような効果を生じさせていたのでした。
しばらくして光に目が慣れてくると、ノアは辺りを見渡しました。
だけども彼が目にすることができたのは
どこまでも続く水の広がりだけであり、
地平線は透明なヴェールに覆われ
みな水平線へと姿を変えてしまっていました。
「えらいこっちゃ」
そう呟くが早いか、ノアは窓から突き出していた首をしまうと、
部屋の奥に置いてあったパソコンのところまで駆け出しました。
そうしてマシンを起動させると、
すぐにネットワークに接続しました。
メンバー・リストに目をやると、
状態が「オンライン中」なのはひとりだけでした。
ノアはそのひとりにチャットで語りかけます。
Noah’s message:
こんにちは、神さま。
God’s message:
こんにちは、ノア。
ガンズの新譜はもう聴いた?
Noah’s message:
聴いた。すごーくイイネ!
ところで神さま。
God’s message:
うん?
Noah’s message:
朝起きたら、すごいことになってたんだけど。
God’s message:
あ、もしかして洪水のこと?
Noah’s message:
うん。
God’s message:
ごめんごめん、驚かしちゃったかな?
Noah’s message:
かなーりビックリ。
God’s message:
そっか。
Noah’s message:
うん。
God’s message:
ほら、俺さ、動植物の電脳化を押し進めてたじゃない?
Noah’s message:
あ、はい。すべての生き物のデータを保管するってやつね。
God’s message:
うん、そう。
Noah’s message:
はいはい。
God’s message:
でさ、その作業自体はもう完了したわけよ。
Noah’s message:
うん。
God’s message:
んでまあ、その、言ってしまえば
この星そのものがひとつのサーバなんだよね。
Noah’s message:
うん。
あ
God’s message:
気がついた?
Noah’s message:
うん。冷却が必要なんだね。
God’s message:
そ。
Noah’s message:
うん。わかるよ。
God’s message:
マシンを冷ますには大量の水がいるわけさね。
Noah’s message:
うん。それが、この海なんだね。
God’s message:
そう。その通り。
Noah’s message:
ずっとこのままなの?
God’s message:
うん?
Noah’s message:
海。
God’s message:
うーん、基本的な比率はあまり変わらないと思う。
Noah’s message:
そっか。
God’s message:
でも、半年くらい経ったら
インテルがまた新しいシステムを開発するだろうから、
多少は水が退くことになるね。
Noah’s message:
そう。
God’s message:
ま、それまで我慢してよ。
鳩とか鴉とかに食事は運ばせるからさ。
Noah’s message:
うん。
God’s message:
じゃね。bye.
Noah’s message:
bye.
そこで、通信は終わりました。
ノアは大きくのびをひとつすると、
再び窓の外の景色に目をやります。
そこは溢れんばかりの光に満ちみちており、
この世のものとは思えないくらい美しく輝いていました。
風が立てる白波の上を魚たちが這い回り、
雲ひとつない空を、鳥が飛んでゆきます。
しかしノアにはその光景を分かち合う友も、
家族ももはや残されてはいませんでした。
彼はこの地上に残されたただひとりの人類なのです。
かつて生物はつがいというものを必要としましたが、
すべてが2次元に移行してしまったいまとなっては、
もはやそれさえも必要ではないのです。
必要があれば、プログラミングを介して容易に
自分と同じ性質を持った存在を複製できるのですから。
ノアの目から、涙がこぼれはじめました。
それは小屋のまわりを取り囲む海と同じ成分でできており、
内面の感情の高まりを押さえるために人間が放出する
ひとつの冷却水でもありました。
うなだれたままノアがパソコンの前まで戻ると、
そこにはエラーを示す虹色のポインタが映っていたそうです。