先週から今週にかけて、
「死のロード」とでもいっていいような
過酷な日々を過ごしております。
ここまでがちがちに予定を詰め込んだのは結構久しぶりです。
おまけに何だか風邪気味だしさ。
しかし今日を無事に過ごせば、
一息つける状況に立てる・・・はず。
You are currently browsing the monthly archive for 6 月 2008.
先週から今週にかけて、
「死のロード」とでもいっていいような
過酷な日々を過ごしております。
ここまでがちがちに予定を詰め込んだのは結構久しぶりです。
おまけに何だか風邪気味だしさ。
しかし今日を無事に過ごせば、
一息つける状況に立てる・・・はず。
昨日の夜、久しぶりにアルコールを摂取して
若干二日酔い気味です。
軽い頭痛を感じながらこの文章を書いています。
さて、告知です。
東大・立教それぞれの立花ゼミが
タッグを組んで進めている企画「平和教育」。
その中のひとつに、
「戦争遺跡を見に行こう」というものがあります。
戦争遺跡というのは、
戦争のために造られた施設や
戦争で被害を受けた建物などで、
現在もそのままの形ないしは
遺構として残っているものを指します。
とりあえずその第一歩として、
昨日・今日の2日間にわたり立花さんとゼミ生の何人かが
長野の松代大本営跡を見学に行っています。
この模様は、携帯電話のメール機能を使って
テキスト中継されていますので、
もしお暇でしたら、覗いてみるのもいいかもしれませんよ、と。
戦争遺跡を見に行こう!(テキスト中継ページ)
NTTドコモの提供しているサービスに
「WORLD WING」というものがあって、
これは海外でも使用可能な携帯電話を
レンタルできるという内容のもの。
ただし315円/1日のレンタル料が必要であり、
万が一盗難等に遭った際は弁償ということになる
(そのため105円/1日の保険料を払う人間が大半らしい)。
ただ、「DCMX」という、簡単にいえば
クレジットカード機能のついた会員証を入手すれば、
30日間は無料で「WORLD WING」を利用できる。
その場合、入会手続きを終えてから
カードが手許に届くまで4週間近くかかるため、
少なくとも出国の1ヶ月前くらいにはこの手続きを終えていないと、
上記の315円/1日のレンタル料を払わなくてはならないことになる。
生きがい。
それは『人間の絆』。
それはジーン・セバーグ。
それは『ワルツ・フォー・デイビー』。
それは谷川俊太郎のいくつかの詩。
それはラヴェルの『展覧会の絵』。
それは『マンハッタン』の最後でウディ・アレンが見せる表情。
ヘミングウェイの「善良なライオン」という短篇小説のなかで、
主人公である善良なライオンの背中には翼が生えている。
そしてそのことが原因で、
他のライオンたちからいじめられることとなる。
おまけに彼はあまりにも善良すぎて、
パスタとスキャンピしか食べない。
そのことがますます善良なライオンを孤立させる。
パスタ?
僕はふと顔をあげ、
本を開いた状態のまま机の上に伏せる。
そしてサバンナに住むライオンが
いかにしてパスタを茹でるかについて空想する。
彼はアルデンテが好みなんだろうか?

蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす
ヘミングウェイ全短編3
新潮社
Firefox 3.0がリリースされてから1週間が経った。
これまで使ってみてのとりあえずの感想は、
たしかにパフォーマンスの面で
大幅な改善が行われているなあということ。
(特にGmail などを開く際には隔世の感がある)
ただ、それまで利用していたアドオンが
新しいFirefox に対応していないなど、
ちょっとした不便があることも事実。
まあ、これはじきに解決するはず。


こうしてみると、あら不思議、
だんだん「ス」の字がピースマークに見えてき・・・ませんか。
見えませんか。そうですか。
「平和教育」企画 : 戦争遺跡を見に行こう!
※このロゴは公式のものではありません。
みんながキャベツをつくっているときにはトマトをつくれ。
他人の言葉だったか、自分で考え出したのかは忘れましたが、
これは僕の座右の銘(のひとつ)です。
たとえば企業なんかが自社の製品を
実際にお客さんに買ってもらおうとする際、
そこで取り得る手段というのは主にふたつあって、
ひとつはダンピング(安売り)であり、
もうひとつは商品に「差異性」を付与してやること。
これはもう、経済の基本ですよね。
それと同じように、
個人が運営するホームページであっても
なるべく多くの人の目に触れるようにしたいと思ったら、
ある程度の工夫は必要になってくるものです。
ただ、インターネットというのは
その基本的性格からしてタダ同然のものですから、
最初に挙げたダンピングは通用しない。
そうなると、いかに他のサイトとの
差異化を図るかが重要になってきます。
僕がホームページの運営をはじめたのが2004年。
当時はまだブログもSNSも
一般の人にはあまり知られていない状況にあり、
サイトの形式としてはホームページが主流でした。
いざ自分のページをつくろうとした際、
すでに存在しているいくつかのサイトを観察しながら、
個人の運営するホームページはどれも
だいたい同じような機能に分類できることに気づきました。
具体的には、「日記」「写真」「掲示板」などです。
そういったいわば「暗黙の了解」を横目で見ながら、
「なんか違うぞ」と思ったのです。
同じようなフォーマットに沿ってつくったのでは、
無数のサイトの群れのなかに埋もれてしまう。
それは嫌だなあ、と。
じゃあ他にどのような戦略をとるのか。
考えても、なかなか答えは出てきませんでした。
ところがある日、
待ち望んでいたアイディアがやってくるんですね。
しかも昼寝の途中に(笑)。
これはあるいは僕だけかも知れないけど、
およそプログラミングという作業は
日中よりかは夜中にやったほうが「雰囲気が出る」(笑)。
だからホームページを作成していた数日間は、
昼夜が逆転したような生活を送っていまして、
その日も昼間に仮眠をとっていたわけです。
すると、奇妙な夢を見たのです。
「奇妙な」といっても、
一体その夢のどこが奇妙なのかがわからない。
夢全体として奇妙さを形作っているとでもいいましょうか。
目が覚めたあとも、その夢の感触というのが
頭のなかに「痼り」のように残っていて、
どうにも落ち着かない。
その頃にはすでに文章を書くことが好きだったので、
とりあえず文章化してみたら
その夢のなにが奇妙なのかがわかるのではないか?
そう思って書きはじめたわけです。
ところが夢というのは非論理的なものなので、
そのまま書いたのでは全然なんのことかわからない。
自分の書いた文章を目の前にしながら、僕は途方に暮れました。
そうだ、これを小説にしよう。
ふと、そう、思ったのです。
足りない部分は想像力で補えばいい、と。
それまで小説なんて一行も書いたことがなかったのだけれど、
なぜかその瞬間は自分にも小説が書けるという気がして、
また実際に三時間くらいで書いてしまうのです。
書き終えたとき、
いままで得たことのないような感覚に
自分が包まれていることに気がつきました。
その興奮が冷めきってしまう前に、
文章の良し悪しも考えないまま
とにかくそれをホームページに掲載することにしました。
その数日後、
会ったこともない人からメールが届いていて、
そこには小説の感想が書かれていました。
それはおおむね好意的なものであり、
自分の内面から出てきたものがこうして他人の目に触れて
感想を述べられるというのは不思議なものだなあ
と思ったことをいまでも憶えています。
だから、僕が小説を書くようになったのは
半分は戦略的にであり、
もう半分は偶然に負うところ大なのです。