人との出会い=ジャズとの出会い
まだサル同然の脳味噌しか 持ち合わせていなかった高校生のころ、 およそジャズと呼ばれるジャンルの音楽が この世に存在していることは知っていたものの、 まさか後に自分が そのいちファンになろうとは思ってもいなかった。 人生というのは本当にわからないものである。
もっとも僕の場合、 ジャズを聴くようになったのにはちゃんとした理由がある。 それは偏に、これまでに出会ってきた人々の影響が大きい。
高校を卒業してからというもの、 どういうわけか親しくなった人間の多くが ジャズを当たり前のものとして 自らの生活のなかに取り入れていた。 そしてその姿が、妙に格好良く見えたんだな。
もちろんノミの心臓ほどの勇気しか持たない僕は、 見境なく会う人間全員と親しくなったわけでは決してなく、 吟味に吟味を重ねたうえで (そして偶然とか、そういった不可抗力の強い影響下で) ようやく心を許すといった、 そういうやり方で友人を増やしてきた。
にもかかわらず、というべきか、 だからこそ、というべきなのかはわからないが、 そうして親しくなった人々の多くは 一癖も二癖もあるような人たちばかりだった。 そしてわれわれの間には いつもジャズが(文字通り)鳴り響いていた。
ジャズとの付き合い方は人それぞれで、 ある人はビッグバンドのマネージャーをしていたし、 ある人は新宿のジャズ喫茶で働いていた。
そして、僕にジャズの洗礼を施してくれた彼女もまた、 何らかのかたちでジャズと結びついていた。
ジャズのかかっている部屋
都心から西へと伸びる長い長い線路沿い。 そのひとつに位置する駅を出てすぐのところに 石焼き窯が自慢のパン屋があって、 そこでいつもパンを買っていた。
焼きたてのパンの温かみを紙袋越しに感じながら、 桜の並木が綺麗な商店街を抜けてゆく。 目印となるローソンを通り越し、 ガソリンスタンドの手前で右に折れる。
するとそれまでの商店は姿を消し、 非個性を地で行くような集合住宅地の前に出る。 同じ高さの建物がひしめくなか、 野球もできない小さな公園が申し訳程度に置かれている。 そんな空間だ。
そのなかのひとつ、 公園の入り口にほど近い緑色の建物の一室に、 彼女はひとりで住んでいた。
ワンルームほどの広さの部屋は きちんと整頓されている、というよりはむしろ、 物の数が極端に少ないために、 生活に最低限必要なもの(机、ベッドなど)を除けば ほとんど何もないといった印象を見る者に与える。
そんな部屋にあって、床に直接置かれた 腰の高さほどもあるJBLのスピーカーは、 その存在感を否応なく滲み出させていた。
われわれはよくカーペットを敷いた床に直接腰をおろし、 焼きたてのパンを頬張りながら、 そこから流れてくる音に耳をすませていた。
彼女は会社勤めの傍ら ジャズ・バンドの一員として月二回、 ライブハウスでその歌声を披露していた。
だから僕がその部屋を訪れるのは、 決まって仕事もライブの予定も入っていない 日曜の午後がほとんどだった。
開け放しにしてある窓からは春の日射しがさし込み、 公園で遊ぶ子どもたちの歓声がときどき聞こえてくる。 決して大きな音ではなかったものの、 台所まわりに付いたしつこい脂汚れのような低音を スピーカは室内に響き渡らせていた。
自分自身ヴォーカルを担当していたにもかかわらず、 彼女のコレクションのほとんどがインストだった。 ヴォーカルの入ったものというと、 せいぜいフランク・シナトラの古いレコードが 数枚あるくらいだった。
僕がそのことについて尋ねると、 「声が混じっていると、聴いてて疲れちゃうから」 とのことだった。
いずれにせよ僕は多くのことをその部屋で学んだ。 ジャズのことも、ジャズ以外のことも。
それまではたとえば 喫茶店や料理屋でジャズが流れていても、 「あ、ジャズだ」というだけの認識しかなかった。 その当時の僕はちょうど 自他の区別がついていない赤児のようなもので、 「ジャズ」という曖昧な括りで 音を聴いているに過ぎない存在だったわけだ。
そしてそのような状態から脱し、 曲を曲そのものとして(つまりそのタイトルを意識して) 聴くという経験を初めて得たのが、 ビル・エヴァンスの音楽に対してだった。
サンデイ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード
数あるビル・エヴァンスの作品のなかでも 彼女のお気に入りは、 『サンデイ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード』だった。 特にそのなかの『不思議の国のアリス』という曲を 彼女は何度も何度も繰り返し聴いていた。
白黒の(あるいはほとんど白黒の) エバンスの写真が使われたジャケット。 その写真が撮られたとき、 彼はたしか三十歳前後だったと思う。
憂いを帯びたような、 それでいてどこか力強さを感じさせる表情を ファインダー越しに浮かべている。
ベースにスコット・ラファロ、 ドラムにポール・モチアンを迎えた いわゆるエバンス・トリオによる演奏を収めたこの作品は、 録音日の11日後に ラファロが自動車事故で亡くなったことから、 彼らにとって最後の作品となった。
だから、先に挙げたジャケット写真から 「喪失感」という言葉を引き出すことも 決して不可能ではないだろう。
しかしそんなことはわれわれにとって 何の問題でもなかった。 ただ目の前に現存する音楽だけが、 われわれにとってはすべてだったのだ。
その、奇跡的といってもいいほどの邂逅の結果を、 われわれは何度も繰り返しターンテーブルのうえに乗せた。 そこではまるで昨日のことのように、 瑞々しいピアノとベースとドラムの音が混ざり合い、 複雑な音の交錯を形作っていた。
ある日、彼女はそのCDを僕にくれた。 いいのかと僕が尋ねると、 「レコードでも持っているから」と彼女は答えた。 もちろん、ありがたく受け取った。
あれから数えきれないくらい多くの日曜日が過ぎていった。 いまでは彼女も東京を離れてしまい、 もう長いこと会ってはいない。
それでも、 何もすることのなくなった夕暮れ時など ふと思い出したようにCDを棚から取り出してきては、 幾分ガタのきはじめているプレーヤーにセットしてみる。
そうして、ずっと前の日曜日に鳴らされた音に 僕はそっと耳をすませる。 失われた時間が、再び動き出す。
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Sunday at the Village Vanguard
Bill Evans Trio
Riverside/OJC
01. Gloria's Step [Take 2]
02. Gloria's Step [Take 3]
03. My Man's Gone Now
04. Solar
05. Alice in Wonderland [Take 2]
06. Alice in Wonderland [Take 1]
07. All of You [Take 2]
08. All of You [Take 3]
09. Jade Visions [Take 2]
10. Jade Visions [Take 1]
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